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お茶のことのは ●
一服茶(いっぷくちゃ)お茶のことのは ●
茶湯子は眼に入れても入っても痛くないお茶のことのは ● 粗悪茶(そあくちゃ)
粗悪な原料を用いたり、
製造過程が不適切なためにできる良質でない茶。
近代初期の茶の輸出で
日本茶の海外進出を阻害する要因となった。
― 緑茶の事典 改訂3版(柴田書店)より ―
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文字どおり、品質の良し悪しという幅どころか
大きく枠外にこぼれ落ちる、非常に低質なお茶のことですね。
茶史において、このことばがよく用いられる場面というと
明治前期におこった不正茶事件 です。
欧米での人気の高まりにこたえて
開国以降、日本でも茶生産がさかんになり
おもに外国人の貿易商社をとおして多くのお茶が輸出されました。
ただ残念なことに、日々増加する需要に応じるためか
たとえば、仕上がりがよくないお茶の見た目をよくするために
着色がほどこされたり。
さらにひどい場合には、かさを増すために
たとえば桑や柳などといった
お茶以外の植物が混合された偽物もあったとか。
今でいう、野草ブレンド茶、という感じのものだったのでしょうか。
これは 「贋茶(がんちゃ)」 などともいわれ
明治15(1882)年、オーストラリアで発見され国際問題となった
いわゆる 「不正茶」 もそのようなものであったといいます。
残念ながらこの時期、粗悪茶が多く輸出された一因として
かかる原価(仕入れ値)の率を下げて
懐に入る利益をかさ増ししたいがための
貿易商社による小細工もあったいうことですが…。
現代のように、収穫や製茶が機械化されていなく
生産には人手や時間を要したことが大きかったのでしょう。
手摘み・手揉みのお茶の美しさ、おいしさはひとしおですが
かつては一部の層の嗜好品であった緑茶が
多くのかたに、気軽に、安価に飲んでいただけるものとなったのには
機械による量産化という一大転換があったからこそなんですね。