トップページ > ブログ「お茶まわり」

 
CALENDAR
SMTWTFS
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>
ARCHIVES
PROFILE
MOBILE
qrcode
SEARCH
  • スポンサーサイト
  • 2016.03.31 Thursday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • - | -


今日の茶業界が、お茶を量産できる礎をきずいてくれたのが 
江戸末期、現在の埼玉県日高市うまれの
高林謙三(たかばやしけんぞう)という人物です。

古くから、「手摘み」→「手揉み」が当たり前だった、お茶。
明治初期に輸出対象となり、ニーズが急増していました。

お茶の新芽という、ぐんぐん育つ自然が相手の仕事です。
飲みごろに摘みとった新芽は、すぐに製茶の工程に入らないと 
劣化してしまうため、人力の「手揉み」は重労働。
品質低下をくいとめる力として、製茶機械の発明は急務でした。

私財を投じた発明が形となったのが、1884(明治17)年。
ほうじ茶をつくる「焙茶(ばいちゃ)器械」でした。
また、1897(明治30)年完成の「高林式粗揉(そじゅう)機」など 
製茶機械が特許をとった最初も、彼のものでした。

彼のつくった機械は、生産力を格段に向上させ 
埼玉県から功労表彰が贈られるほどだったといいます。
ところがのちに、「機械生産はお茶の質を低下させる」などとして 
地元・狭山の茶業界で、悲しいかな、不買運動が起こったそうです。

第一次世界大戦をへて、狭山でも機械生産が解禁になりますが 
晩年の彼は、機械生産を早々に採りいれた静岡へ移り住み 
そこで一生を終えました。

(参考文献:静岡県茶業会議所『高林謙三翁の生涯とその周辺』)

       *   *   *  

今日、「製茶機発明の高林謙三翁 故郷に銅像建立へ」という 
埼玉新聞 の記事をみつけました。

生誕の地、日高の「高林謙三を顕彰する会」が 
2年後の除幕を目標に、各方面へ協力を呼びかけているもよう。

高林翁の功労が、ご当地でますます評価されるきっかけに …  
この静岡から、祈念しています。
  • - | -

  • スポンサーサイト
  • 2016.03.31 Thursday 14:19

  • - | -