『
茶の湯実践講座 辻留 茶懐石〈炉編〉』
辻 義一
(淡交社)
淡交社の 「茶の湯実践講座」 シリーズに
茶懐石の老舗 辻留のご主人、辻義一氏による献立本が
〈炉〉 と 〈風炉(ふろ)〉 に分け2冊ラインナップされています。
もともと昭和62年と63年に出版され、版を重ねている本で
私も十数年前に買い求めて相当に年季が入ってきていますが
今でも折りにふれ見返し、勉強させていただく座右の書です。
開炉の季節を迎えようとしている今
久しぶりにまたページをひらいてみました。
〈炉編〉 は、11月ならば口切りの茶事
12月は師走の茶事、1月は初釜、というように
11月から4月までのそれぞれに茶事を想定し
その懐石の献立例が一式ずつ、作り方とともに紹介されます。
向付から汁、煮物、焼物などから香物にいたるまで
ひと通りの作り方(香物は切り方など)がていねいに紹介されるので
茶懐石にかぎらず、和食の調理本として見ても勉強になります。
うつわに盛られた料理写真がまた、瑞々しくて美しいのです。
うつわ自体も素晴らしく、垂涎のものが多く用いられています。
盛りつけの量や配置のバランス、また取り箸も湿してあるなど
写真から学びとれる実際的な心配りも多々あります。
また、この本で魅力的なのが
各月のはじめに見開きで入る 「食味歳時記」 という読みもの。
食材や料理の歳時記的な、エッセイ風の内容ですが
ふと身につまされる話題や、楽しい話題の宝庫なのです。
たとえば11月には
江戸時代の茶人、北村幽庵(ゆうあん)のことが。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 茶人北村幽庵は、毎朝お茶を召しあがるのに、
そのとき使う水を琵琶湖のあるところに求められ、
その水を下男がいつも朝まだ暗いうちに舟を出して、
汲みに行っておりました。
ある朝、下男が寝込んでしまい、いつもの場所まで行かずに、
ちょっと舟を出しただけのところで水を汲みました。
そして、その朝、幽庵がお茶を召しあがり、
「今朝の水はちがうね」 とおっしゃったということです。
味の上でも大変な通人であったようです。
今、琵琶湖の水はよいとはいいがたいのですが、
この話を琵琶湖でヨットを持っている友人に話したところ、
彼は即座に 「その水は、あそこの水にちがいない」 といいました。
琵琶湖に一箇所、下から湧き水のある場所があり、
彼の説によると、比叡山からの水で、とってもよい水だそうです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− この北村幽庵は、美食家としても有名だったようです。
名前でぴんときたかたもいらっしゃるでしょう。
幽庵焼を創案したのはこの人といわれていますね。
よい料理にも、そして
茶事のメインであるお茶の美味さにも大きくかかわる、水の質。
ただ実際、水のよしあしを見分けるのはなかなか難しいですね。
ちなみに、飲みくらべてもわかりにくい場合には
「 「白湯」 にして味わってみられるとよいでしょう」 との記述も。
名水といわれる湧き水や、井戸水などを汲む機会があったら
持ち帰って試してみてはいかがでしょうか。